kazu*のプロフィール




 

 

やさしくてわくわくする世界を作る

これが僕の目標であり、世界観であり、あり方です。

 

この世界で「やさしくないもの」、つまり「攻撃的な存在」って必要ないと思うんですよ。

会う度に嫌味を言ってくるような人とか、いつも不機嫌な人、横暴な態度を取る人。

 

そういう人って、自分の人生の中で邪魔な存在でしかないと思ったんです。

 

 

あとね、単純にやさしい人が好き。

やさしい人とは穏やかな気持ちでやり取りできるし、すぐに仲良くなれる。

 

やさしい人大好きです。

 

 

 

でも、ただやさしいだけの世界じゃつまらないと思ったわけです。

 

じゃあ何が必要なのかと考えたら「わくわく」にたどり着きました。

 

 

わくわくしている人は周りから見ても楽しそうだし、楽しそうに何かやっている人の周りには自然と人が集まりますね。

 

 

「昨日ね、こんなことしてきてね。こうでこうで、すっごく楽しくてね。またやってみたいなって思ったんだよね。」

って、すごい楽しそうに話しているのを聴いていたらこっちまでやってみたくなってしまうことってありますよね。

 

わくわくにはそんな不思議な力があるんですよ。

おもしろいな~。

 

 

「やさしくてわくわくする世界」はきっと、すごく居心地が良くて楽しくて幸せな世界だと思うんです。

だからこそ、そういう世界を作りたいし、僕自身、やさしい人でわくわくすることをやっている人でありたいんです。

 

 

きっとこの世界観を愛してくれる人はやさしい心を持っている人だと思います。

だって攻撃的な人はこんな世界にいたら居心地が悪くて仕方ないだろうから。

 

 

 

ここからは僕の生い立ちを紹介していきます。

 

どういう経緯で「やさしくてわくわくする世界」を作ろうと思ったのか経緯がわかると思います。

 

 

幼稚園時代

活発な子だったと思います。

「あの頃は無邪気だったよな。はしゃいでたよな。」なんて思ったり。

 

 

小学校時代

小学校時代は週6で習い事に行っていました。

そろばんと合気道とボーイスカウト。

 

これは僕の意思ではなく親によって無理やりでした。

 

言うまでもなく週6で習い事をやっていれば友達と遊ぶことができません。

遊べないのがわかっているからだれも誘ってくれなくなります。

 

 

みんなが遊んでいる間も行きたくもない習い事に行き続ける日々でした。

次第に習い事に行くのが苦しくてたまらなくなります。

 

 

 

何度辞めたいと言っても親は辞めさせてくれません。

辞めたいのなら納得できる理由を言えと。

 

小学生の僕に親を納得させられるだけの理由を用意することはできませんでした。

 

 

 

この時点で僕は「仕事に行くのが辛くて仕方ない会社員」のような状態になっていました。

「今日も習い事、明日も習い事。皆が遊んでいる間も自分は習い事。楽しくない、やりたくもない習い事。なんで行かないといけないのだろう。」

小学生にして自由に生きたいと願うようになっていました。

 

 

どうしようもなくなった僕は習い事をサボるようになりました。

もちろん罪悪感でいっぱいです。

それでも「サボる」という選択肢しかこの苦しみを軽減する手段がなかったんです。

 

 

当然すぐに、親にバレます。

こっぴどく叱られ、ビンタをくらい。長々と説教をされ、反省させられました。

 

 

 

反省?

 

なぜ反省しないといけないのだろう?

 

したくもないことを強制されて、僕の意思は聴き入れられず、どうしようもなかった。

 

だれに助けを求めることもできなかった。

 

本当にどうしようもなくなって小学生の僕が精一杯苦しみながら出した自分を守るための選択。

 

僕は悪いことをしたのだろうか。

 

 

 

もちろんサボることは悪いことだとわかってました。

だからそれはそれで辛かったし、怒られることがわかっていても、そういう選択しかできない程に追い込まれていました。

 

 

僕にとって親は二人共、「攻撃的な存在」でした。

 

 

ただね、僕の両親は世間的にはかなり優しい方の人だと思うんですよ。

親としてちゃんと教育しないといけないという想いから僕に習い事をさせたり叱ったりしたんです。

 

 

それがわかっているから嫌いになりきれなかった。

 

 

好きにはなれない。

でも、嫌いにもなれない。

甘えることもできない。

信頼もできない。

頼ることもできない。

 

小学生にして親との関わり方がわからなくなりました。

 

 

 

だから僕は、親を避けるようになりました。

 

 

中学時代

中学時代は部活の卓球と恋愛が生きがいでした。

 

ちなみに習い事はボーイスカウト以外全部辞めれることにはなりましたが、代わりに塾に通うことになります。

もちろん強制。

 

日数として両方で週3の習い事ですね。

 

中2まではそれなりな学生生活をおくりました。

 

 

問題は中3です。

 

中3のクラスの男子がほぼ知らない人。

更にいうと不良気味な人が大半。

 

中学ってだいたい小学校からの友達で構成されてるじゃないですか。

僕は別の小学校で中学に入るタイミングで引っ越してきた感じだったんで、向こうからしても「アイツ誰だよ」状態。

 

圧倒的アウェー感がありながらもこちらから絡んでいくんですが、「こっち来んなよ」的な態度をとられるわけですよ。

僕としても攻撃的な人間が嫌いなんで「あ、この人達とは合わんわ。」と思って関わるのやめました。

 

 

 

じゃあまぁ、クラスでボッチになりますね。

 

あの頃の僕はプライドが高かったんで、自分がボッチな状態が許せなくて。

辛い。辛い。

 

更にいうと中1の頃から片思いしてた人が同じクラスだったわけですよ。

その人にボッチな自分を見られているわけですよ。

辛すぎ。終わった。

 

 

なんとかその辛さも耐えて中3の夏休み開けぐらいかな。

ダメ元で告白して、言うまでもなくフラれました。

 

生きがいだった部活と恋愛が終わって、生きがいがなくなりました。

 

 

「何しに学校来てるんだっけ?」ってなったんですよ。

学校における楽しみがなくなったし、孤独だし、辛いし。

 

 

 

学校行くのが辛いから今度は引きこもりだすわけです。

 

そうなると親はまぁまず学校に行かない理由を聞きますよね。

プライドが高い僕は「孤独だから」なんて言えないわけで。

 

ましてや既に相談できるだけの関係性じゃないから。

 

 

 

理由を答えない僕にしびれを切らして親は無理やり学校へ連れて行くという選択をします。

またしても強制です。

 

親なりの「学校へは行かないといけないんだ」という教育なんでしょう。

 

無理やり連れてこられた僕を見るクラスの哀れみの目。

哀れんでいたかどうかは知らないけど、僕にはそう見えました。

 

 

プライドなんてズッタズタですよね。

死にたくなった。

 

 

それからちょっとしてホントに死のうと思ったんですね。

この話は未だ誰にも話したことはないんですけどね。

 

逃げ場がないから引きこもったのに、引きこもったらさらに惨めな目にあうんですもん。

完全に八方塞がりでした。

 

楽しいこともないし、孤独だし、辛いし、もういいやってね。

 

 

うちには懸垂をするためのぶら下がる器具があるんですけどそこにロープ巻いてね。

首をつったわけですよ。

(重い話で申し訳ないです。)

 

意識がなくなって気づいたら僕は叫んでました。

 

 

意識がなくなって倒れた反動で器具が倒れたんですね。

僕は一切抵抗せずに器具とロープに振り回されて押し入れに顔から衝突し、押し入れの出っ張り部分であごを強打。

 

気づいた時にはあごの肉が裂けて血だらけだし無意識に全力で叫んでるしで怖かった。

 

 

 

そういう状態だったんで火事場の馬鹿力みたいな感じで多分リミッター外れた状態で叫んでたと思うんですよ。

喉が潰れるぐらい全力で叫んでました。

 

「あれ、誰か叫んでる。え!?自分やん。」みたいなね。

 

 

元々、低血圧と成長期ということで立ちくらみが多かったから、立ちくらみで倒れて怪我したことにしてごまかしたけど。

 

 

結局死ぬこともできなくて辛さを耐える選択をしました。

 

 

高校生活

高校入ってすぐに彼女ができました。

 

中学の時の辛さは何だったんだってぐらい幸せでした。

「これが幸せなんだなって。生きててよかったなって。」

 

辛かったから余計かな。

 

 

でも、そんな幸せも長くは続きませんでした。

 

中3の時のクラスのある男が同じ高校にいて、彼女と仲が良い友達と関わるようになったんですね。

僕が引きこもっていたのがバレて、高校に入ってからできた人間関係が壊れていきました。

その程度の上辺の関係だったということでもありますけどね。

 

 

彼女も例外ではなく。

フラれた原因はそれだけじゃないでしょうけど。

 

僕はただそばにいられるだけで幸せだったから。

楽しませてあげられなかったんですよね。

 

 

まぁ引きずりまくりました。

 

 

なんとか振り向かせたいがために必死に変わろうとしました。

でも、性格を変えるのって難しくって、ついつい外見を変えようとしてしまうんですよね。

ファッション雑誌を買っておしゃれしてみたり。

 

おしゃれしようとすればする程、どんどん派手な格好になっていって逆効果でしたね。

 

あとは、思春期というのもあって多少ニキビができ始めたわけですよ。

それを改善するために洗顔と化粧水を買ってみたものの、肌に合わなかったみたいで激痛がしたんですね。

でも、「スッキリ爽快」とかなんとか書いてあったから、何を勘違いしたのか「こんなもんなんだな。」って思って2ヶ月ぐらい使い続けたんですよ。

 

それが原因で顔が真っ赤にやられちゃって超敏感肌になり、ニキビだらけな顔になってしまいました。

(今でこそかなりましになりましたけど、6年ぐらい治りませんでした。)

 

そんなわけで完全に自信をなくしました。

 

 

そんで高2になった時同じクラスになったわけですよ。

(ちなみに高1の時は別のクラス)

 

すぐ近くにいる。

でも、既に別の男と付き合っている。

 

僕はといえば自信を失ってしまった。

 

結局1度も声を掛けることすらできませんでした。

 

 

でも、そんな僕を好きになってくれる人が現れました。

その人と付き合いました。

高2の時にできた友達とも楽しい関係でいれたのでここからの高校生活はそこそこ楽しかったです。

 

 

大学時代

僕ね。

ここまで読んでくれた人ならわかると思いますが、通うの嫌いなんですよ。

習い事とかね。

 

そう考えたら、就職して会社に通うのって絶対苦しいだろうなって思ってたんですね。

だから、中学の頃には「通わない働き方」をしたいと思うようになっていて。

安易な考えですけど「自分で好きな働き方をしよう。そのためには起業したらいいんだ。」みたいな感じで起業したいと考えてたんですね。

 

そういう勉強がしたくて大学に進学したんですけど、大学の勉強ってノウハウとかじゃなくて学問的な勉強なんですね。

大学にもよるかもしれないですけど。

 

 

それがつまらなすぎて嫌になったんですよ。

 

それから、僕は趣味とかなかったんで「こういうことで起業したい!」ってのがなかったんですね。

 

「料理が好きだから調理器具を売るビジネスをしたいんだ!」みたいな感じの。

 

したいことも、売りたいものも、実現したいこともなかったんです。

 

ただ、ぼんやりと起業したかったんです。

 

でも、本来は起業って手段なんですよね。

 

 

「こういうことをしたいから、それを実現するために起業する。」って感じで。

 

 

丁度この時期はパズドラが出だした時期でスマホアプリが活発になりだした頃だったんですよ。

だから、ちょっとアプリ作ってみようと思って。

 

作ってみたら月に1、2万稼げるようになったんですね。

「あ、これはいける!」っと思って、でも独学に限界を感じたので経験を積むために就職してみることにしたんです。

 

絶対辛いと思っていた就職をあえて選びました。

就職してスキルを身に着けないと独立できないと思ったからです。

 

 

就職を決めたタイミングで同時に大学中退と結婚を決めました。

 

大学生活中は遠距離だったんで就職するなら結婚して一緒に住もうという感じで。

その流れで妊娠まで進めちゃいました。

 

 

会社員時代

いざ就職したらやっぱり辛かったです。

「仕事が辛い」とかじゃなく、とにかく会社員という働き方が合いませんでした。

 

 

僕はこの時点でようやく重大なことに気づきました。

 

「辞める」という選択肢を選ぶことができなかったわけです。

 

結婚して子供がいる。

生活するにはお金が必要だ。

 

仕事を辞めるという選択肢が許されるはずがない。

 

 

であれば収入を確保するしかない。

ということで仕事から帰宅後、毎日朝方までアプリを作るようになりました。

 

 

自業自得ですが毎日3時間ぐらいしか寝れないわけです。

そんな状態で仕事に行き、ミスをして上司からは毎日のように怒られました。

一層仕事に行くのが嫌になり、必死にアプリを作ります。

 

 

でもね、この時点ですでにアプリ業界は大企業がガンガンアプリを公開するようになっていて素人が作ったようなアプリでは余程のネタ系なアプリでないと全く稼げなくなっていました。

 

結局1年かけて500円程しか稼げませんでした。

 

僕は追い込まれていました。

中学時代の辛さなんてどうでも良くなるぐらい辛かった。

 

胃潰瘍になり、うつ気味になり、目は死んでたでしょう。

 

 

そんな状態だったから家族のことも大事にできませんでした。

最低限子供の世話はしてました。

お風呂入れたり、離乳食あげたり。

寝かしつけたり。

 

 

でも、それだけ。

家族で出かけたりはしませんでした。

 

 

そんな余裕はなかった。

少しでも早く仕事を辞めないと身がもたないことがわかっていたから。

 

 

結局妻との中も悪くなり、子供は離乳食を食べなくなって栄養失調気味になりました。

 

 

 

ある朝、いつも通り仕事へ行く準備をしていました。

子供が泣いていて妻が泣き止ますことができずイライラしていました。

 

限界が来たみたいで妻はスマホを思いっきり壁に投げつけました。

 

お互いギクシャクしていたから僕はどうしたら良いのかわからなかったんですね。

もう家を出ないといけない時間だったから、仕方なく家を出ようとしました。

 

 

妻は言いました。

「こんなに困ってんのに助けてくれやんのやな。そんなに仕事が大事なんやな。」って。

 

ただただ、自分が情けなくなったし、悔しかった。

 

どうしてこうなったんだろう。

 

幸せになるために結婚したんじゃなかったのかな。

なのに、結婚してから一度も幸せを感じたことはありませんでした。

 

 

ここまで読んでくれたあなたは何を感じたでしょうか?

 

 

間違いなく家族を大事にできなかった僕が悪い。

それは間違いない。

それは間違いないのだけど。

 

じゃあどうするのが正解だったのか。

 

 

「こんなに困ってんのに助けてくれやんのやな。」

っていう言葉もすごく辛く響いたんだけど。

 

「そんなに仕事が大事なんやな。」

っていうのが悔しくって。

 

「仕事を辞めたいからこんなにがんばってるのに全然理解してくれてないんやな。」って僕は感じてしまったんですよね。

 

 

妻は「就職するのは当たり前でしょ?」って感じの人だったから、そういう部分は相談できなかったんです。

きっと理解してくれないんだろうなって。

ちゃんと伝えていなかったんだから理解してくれていないのも当然ですね。

 

 

仕事が辛い、自分で稼げるようにならない、育児、夫婦関係の悪化。

なにもかも辛くて、でも、誰にも相談できませんでした。

 

 

というのも、友達と関わることもやめてしまっていたから。

遊んでる場合じゃないって思ってたんですね。

 

 

 

それからしばらく経った休日、お尻拭きが無くなったので妻は買いに行きました。

息子のウンチを拭いたりするやつね。

 

その間僕が息子の世話をしていたわけですが、そういう時に限って漏らしちゃったんですね。

要はオムツからはみ出て服とかがっつりウンチまみれなわけです。

 

でも、お尻拭きが無いから拭くに拭けないし。

すぐに帰ってくるだろうと思って待ってたんですね。

息子が動き回らないように様子を見ながら。

動き回ったらそこらじゅう汚れるからね。

 

 

でも、30分経っても帰ってこないわけですよ。

そんだけ経つとさすがに息子も不快感からか泣き出しますね。

でも、汚れてるから抱っこしてあやすこともできない。

しまいには動き回ろうとします。

 

(今思えば「お風呂へ連れて行って洗ってやればよかったな。」って思ったりしますけど当時はそこまで頭が回らなかった。)

 

 

タイミングの悪いことに僕は前日の昼から何も食べれて無くて相当イライラしてたんですね。

(何故食べてなかったかというと経済的に苦しくて僕の食費を削るしかなかったから。)

ちなみにこの時の時間は夕方4時頃。

 

 

イライラが限界な中、息子は泣き続けているし、動こうとするし、妻は帰ってこないし。

この状況でただじーっと待ってることしかできなくて。

 

結局僕は息子を叩いてしまいました。

 

 

すぐに自分がしたことを後悔する思いでいっぱいに。

何度も「ごめんね。ごめんね。」って泣きながら謝りました。

 

ついに僕は息子まで傷つけてしまったんです。

何をしているんだろう。

 

辛い日々の中、空腹で自分を制御できなかった。

でも、そんなこと言い訳にしかならないわけで。

 

ただ、「僕は息子を傷つけた父親だ。」という事実がそこにありました。

 

 

人にはよく「やさしい」とか「絶対怒ったりしないでしょ?」なんて言われます。

自分でもやさしい性格だと自負していました。

そんな僕が自らの子を傷つけたんです。

 

「なにがやさしいだ。

こんな僕のどこがやさしいもんか。」

 

って話です。

 

 

叩いた箇所は赤く腫れ、次第にアザになっていきました。

病院へ連れて行ったら保護されることになって連れて行かれてしまったんですね。

当然です。

 

 

皮肉なことに生活の中から「育児」が無くなって生活は少し楽になったんです。

でも、今までいた息子が突然いなくなって寂しかった。

どこへ連れて行かれたのかも教えてもらえず。

 

4ヶ月ほど経って息子と面会する機会を与えられました。

栄養失調気味で痩せ細っていたのに丸々としていたんですね。

しかも、自分で歩けるようになってました。

まぁ4ヶ月も経ってるんだから成長してるのは当然なんだけど、その成長していく過程をそばで見られなかったのが悔しかったです。

 

それからも面会は定期的に行ってます。

 

 

仕事はというと相変わらず辛くて。

アプリで稼ぐのは諦めました。

 

この時点で僕の中でプログラマーという仕事がどうでもよくなったんですね。

だってアプリを作って独立するためのスキルを磨こうとプログラマーになったのだから。

 

仕事を辞めました。

子供とも生活していないしそこまで無理して働く必要がなくなったから。

そうはいっても収入は必要だから、パートを始めました。

 

ブログを書いたりウェブサービスを作ったりしたけど結局うまくいきませんでした。

 

妻とはこれ以上一緒にいても傷つけてしまうだけだと思って離婚しました。

 

 

お金よりも大事なもの

僕はこの5年ぐらいずっとお金を稼ぐことに必死でした。

出来る限りの時間を稼ぐことに費やし、友だちと会うことを避け、家族との時間もあまりとらず、一切遊んだりすることもなく、何の楽しみもない生活でした。

 

 

そんな中、偶然駅で高校の時の友達と出会いました。

時間にして10分程度。

楽しかった。

 

なんで今まで避けてきたんだろうと後悔しました。

 

 

5年以上会っていなかったのについこの間別れたばかりかのような感覚になった。

まるでこの5年、時が止まっていたかのように。

 

5年もの間、僕は何をしてきたのだろう。

何を苦しんでいたのだろう。

 

 

「会社員という働き方が辛い。」

だから、自分らしく働くために必死にがんばった。

結局それが原因で余計辛くなっている。

 

 

そうまでしてお金って稼がなきゃいけないんだろうか?

そもそも僕はお金が欲しかったんだろうか?

 

そうじゃない。

 

自由になりたかった。

幸せになりたかった。

 

もっといえば、心が平和でいられるならそれだけでよかった。

 

 

お金は確かに必要ではあるけれど、そんなにたくさん必要なわけでもない。

お金よりも大事なものがあるんじゃないだろうか?

 

 

 

そう考えた時に友達の大切さを思い知った。

一緒にいれば楽しいこともできるし、僕の知らない「楽しい」を教えてくれたりもする。

辛い時は助けてくれるし、一緒にいればがんばれることもある。

 

だから僕はこれから友達を増やしたいと思った。

 

どんな友達か。

 

 

やさしくてわくわくする友達。

 

 

温もりがあって、一緒にいれば楽しい友達。

 

そういう人を求めるからこそ、僕自信も「やさしくてわくわくする人」でありたい。

 

 

好きなこと

もう一つだけお金の話をすると、成功している人たちは好きなことをしている場合が多い。

そういう人たちは自分が楽しいと思うことをひたすらにやっている。

 

楽しそうに何かをやっている人の所には人が集まり、人が集まれば自然とそこにはお金も集まる。

 

 

僕はお金を稼ぐために好きでもないことをやってきた。

「これなら稼げそう」というものを探してきて正直、嫌々やり続けてきた。

そんな熱のこもっていない、楽しそうでもなんでもない人のもとには人もお金も集まらない。

 

それが僕の5年間の失敗の原因だと考えています。

 

 

僕はこれから楽しいと思えることをしたい。

そしたらきっとお金は後から勝手にやってくるはずだ。

 

そう思ったものの、5年もの間遊ぶことをやめ、新しいことに触れる機会を逃してきた僕は何をすれば良いのかわからなかった。

 

何をすれば楽しいのか?

何をしたらわくわくするのか?

何もわからなくて。

 

 

長いこと考えて「その答えは人と関わればわかる。」と感じました。

偶然友達と再開したのが楽しかったように。

 

人と関わって自分の知らないことを教えてもらったり、一緒にやってみる。

そうすれば、自分の中で刺激になって新しい世界が見えてくるんだろうなって。

 

 

それに、同じことをするにしても別の人とやってみたら楽しいということもありますよね。

だから、「今までにやったことあるけど楽しくなかった」そんなことすら、これから出会う人とやってみれば楽しいことになったりするのかもしれない。

 

それって面白いことだなって。

 

そう思ったらコミュニティーを作りたくなったんですよ。

 

 

ただ人と関わりたいだけなら既に存在するコミュニティーに入れば済むんじゃないかなって思ったんですけど、自分主体でしたいって思ったんですよね。

 

僕の「やさしくてわくわくする世界」という世界観を愛してくれる人を集めたいから。

 

 

 

散々僕の失敗談を紹介してきました。

きっとこれを読んで僕を嫌いになった人もいると思うんです。

そういう人とはそもそも気が合わない人だろうからそれはいいんです。

 

今回僕は本気で辛かったことも隠したかったことも打ち明けました。

だから、これを読んだ上で僕に少しでも興味持ってくれたならすごく嬉しい。

是非仲良くしてください!

 

 

簡単な自己紹介

  • 生年月日:1994年3月25日(23歳)
  • 猫好き
  • 卓球好き
  • パソコン関係得意
  • アイス大好き(冷蔵庫に常にストックしてる)
  • 一人暮らし
  • 家事料理得意目

 

 

エニアグラムの結果

ウイング統率者の調停者

(メインが調停者でサブが統率者)

調停者

・のんびりしていて控えめ、人の支えとなる人。
・争いごとが嫌い
・自己主張しない
・心の平和を願う人
・癒し系
・その場の流れに任せる
・不安要素として怠惰に縛られている
・「新しいことをしよう」「他の人との関係を深めよう」ということにエネルギーを使わない。
・何かに心を動かされたり、何かから影響を受けることを望んでいない。
・いつも安定の中で生きていたいと思っている。

 

統率者

・パワフルで積極的にいろいろ挑戦する人。
・挑戦することを楽しむ
・カリスマ性がある。
・周りの人を守る力がある
・他の人にコントロールされたくない
・自分が持っている力を強めたい
・自分が先頭に立ちたい。
・個人主義者
・不安要素として欲望に縛られている
・ストレスを感じると今の状況が正しいかを判断するために引きこもり、情報を収集し、考え込む。

 

 

ストレングスファインダーの結果

回復志向

・問題を見極め、解決・改善するのに長けている。
・(プログラマーに向いている)

 

未来志向

・未来について考え、そこからアイデアを得る。
・理想とする未来に対して熱く語ることで人を巻き込むことができる。
・※理想とする未来が「実現可能」であることを説明するためには論理的に伝える必要あり。
・(起業・創業という面において優れた能力を発揮する)

 

戦略性

・潜在的な問題を予測できる能力に秀でている。
・分析されたデータを有効に利用し問題解決へと導く力がある。

 

分析思考

・データの中から問題・本質に繋がるパターンを見つけ出すことができる。
・分析されたデータを元に論理的に周囲の人達を理解させることができる。

 

慎重さ

・的確な判断力を持っている。
・他の人が気づかないような要因にも気づくことができる思慮深さがある。
・起こりうる事象をあらゆる角度から考えることができる。
・(人に助言や忠告をする仕事・相談役としての仕事が向いている)

 

 

 

 



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